座標軸Q(+) 2022 by ひろし

Renaissance Birth ・ 地球人の生き方

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Posted by Hiroshi 09 on  | 

生きる


11月21日から12月17日まで、今年4度目の日本出張で各地
を回っていたのですが、吸収することがあまりに多すぎて書
く余裕がありませんでした。

人は自分の尺度でしか物事が見れません。
新しい発見で別の角度から日本を見れるようになると、そこ
でまた新たな疑問が生まれ、感じ方、見方にも変化が起こり、
新しい視点で今の日本を見ていると、今までとは違った新し
い違和感が芽生え、何かが頭の中でくるくる動き出しました。

思考パターンの書き換え、再構成という感じで、既存の価値
観、固定観念との葛藤ともいえるこの作業が終わるまでは、
自分の考え、思いをうまく文章化できなくなります。
過去、ひどい時は数ヶ月間まともに文章が書けなかったこと
もありました。

こういう時は無理に考えをまとめたり、書き出すことはせず、
目の前のものを素直に吸収することだけに集中するよう心が
けています。

去年のMilano Expoで日本各地の方々と接して、たくさんの
お話ができたことが、今の自分の糧となっていますが、この
頃から流れが大きく変わった感じがします。
そこには自分というより、もっと大きな世界の意図、思いが
動いているような気がして、それにちゃんと応えなければと
いう気持ちが高まりました。
日本をもっと知り、これからの世の中のために何ができる国
なのか、何をすべきなのかを知り、その中で私の任務、役割
は何なのかを見出すこと。
それが私の2016年でした。

残念ながら私にはここが故郷、地元と思える場所がありませ
ん。そして幸いにも特定の土地に縛られていません。
それ故か、自分が気に入ったところ全てが自分の故郷と思え
る自由さを持っています。
日本と一言でくくっても、実際は一つの県の中の市、村同士
のつながりとか県同士のつながりはあまり強くありません。
学校で同じ県内、市内でも学校が違う生徒同士の交流はあま
り盛んではないですし、会社でも部署同士の関係は希薄です。
同じ日本人なのに..
気づかぬうちに、私たち日本人が一致団結することがないよ
う、うまく教育されてしまっているのかもしれません。

日本が抱えている問題を直視し、それを正直に認めて最善の
解決策を見出すことをせず、現実から目をそらし全てを楽観
的に捉え、不都合な真実は隠蔽し、根拠のない理屈でごまか
しているのが政治的面から見た日本です。
これは日本を信じてくれている諸外国の人たちの信頼を裏切
る行為でもあります。
多くの日本人が、お金さえあればなんとか乗り切れる問題だ
と信じているようですが「不沈大和」、「安全神話」という
妄想、錯覚と同じです。

日本人は長い間、自然と共に生きてきた民族です。
その智慧、精神は何処へ行ってしまったのでしょうか。

自分の夢を追いかけたり、与えられた仕事に一生懸命になる
こと、出世、名声、玉の輿に成る、セレブ的生活をするとか、
モテる人生、おしゃれな生き方など、それもまた人生かもし
れません。
もし、本当に幸せならば。

仮に何の結果も出せていなくても充実感を感じれる、たとえ
挫折しても死にたくなるほどは落ち込まない、取り残された
ような孤独を感じなければ。

今の日本の現状、自分の人生ですが、笑顔を忘れてまでも守
る価値があるのかどうか、冷静に考える必要があります。
国のためと言いつつ、結局は自分達の政党が第一であり、国
民の生活、国の未来を考えているなど所詮は選挙で勝つため
の方便にすぎない人たちに一任していていいのでしょうか。
実際に生活に困っていない人たちに国民が豊かになるための
政策など立てられるわけがありません。

今の日本に何が必要か、何をすべきか。
それは現場で実際に生きている私たちにしか気付けない、見
出せないことだと思います。

旅路

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Category : 徒然日記 1Q84
Posted by Hiroshi 09 on  | 0 trackback

光への帰還


再生
Category : シリウスの心 Gaia


どのくらい昔からかは、わかりません。

何かを得る、成功することで、生きる喜びや満足感、充実感を
得る人達は、常に目的、目標、夢を求め、それらを成就するこ
とで、存在意義、価値を感じる集合意識を生み出しました。

別のグループは、常に何かに帰属し、その中で必要とされてい
る自分、役に立っている自分を演じることで、生き甲斐を見つ
ける道を選びました。

これらの考え方が間違っているわけではありません。
ただ、違う生き方もあります。

地球では唯一の正解、唯一の真実、たった一つの手段を求める
傾向がありますが、民族、言語の数ほど、動植物の種類ほどに、
正解、手段、真実には、バリエーションがあります。

人の生き方もそれぞれです。
例えば、ここに存在しているというだけで納得、満足し、幸せ
な人生を歩む、というのも一つの可能性です。
ここにいる、ここで生きているというだけで自己を完結するの
です。他人からの承認は必要なく、何か特別なことをすること
も、人と違った資質や資格も必要ありません。
単純に私は存在している、という事実を受け入れるだけです。

神道をベースとしていた祖先の人々は自分を含め、万物全ての
中に神性を感じ、感謝することを重んじていました。
内在神を信じていたので、自分も神の一部と認識していたので、
神に頼ったり、逆になじったり、自分を卑下することも、誰か
を責めることなく、他の人達、生き物と一緒に自然、宇宙と共
生していました。

多くの人が、自分の真の姿を見えていません。
自分には価値がない、自分はダメな人間だという思い込みがあ
り、学歴、資格、肩書きなどに惑わされて自己を見失っていき
ます。

仮に好きなことをしていて、それが自分、全体に貢献できてい
ない場合、必ずそこには、私欲、野心、私憤、妥協、打算など
が影響していて、結果を期待する心が反映しています。
他人から良い評価を得るため、好かれるために自分を演じ、相
手が期待している通りの自分になろうと努力していると、いつ
か自分、相手を裏切るような結果を生みます。

恐怖、妬み、疑心暗鬼。
誤解、喧嘩、別れ。
恨み、怒り、悲しみ。

自分本位の行動、他人に合わせた生き方には、状況を変える、
成長する、望みを現実化させるだけの創造性、パワーはありま
せん。
それは、権力、地位、経済力、名声、名誉、武力などを背景と
した、幻想的なパワーに頼ってもがくこと、努力することに似
ています。

自然に自分がやりたいことをしていれば、人へ、全体へも貢献
することができます。自分が存在している必然に対して正直に
行動する時は、エゴが介在しないですからです。

それぞれの思い。
それぞれの願い。
歩いて来た人生、与えられた経験、学び。
出会い。

その中で、常に自分が真に希求するものは何かを忍耐強く問い
続け、一番シンプルなことからはじめ、積み上げていく中で、
いつか自分の本質が見えてきます。

自分で作っているイメージや家系、民族、教育などの殻で作ら
れた個の幻想を破り、その中にある、種としての、生命体とし
ての根源的な輝きを取り戻すことができれば、小さいエゴを越
えた自己を獲得することができます。

自ら悩むこと、考える事、感じることから逃げず、自己、時代
と向き合い心を開く時、今まで止まっていた時間が再び動きは
じめます。

これは、始まりと終わりのプロローグ。



Posted by Hiroshi 09 on  | 0 trackback

地球の声

シリウスの心 Gaia


あなたが『いまに在る』ことに気づくこと。

行動とか未来とか、時間の次元でばかり意味を探し続けていても、
理解するのは難しいでしょう。

過去には、あなたが "今"この瞬間に生きることを妨げる力はあり
ません。過去に対してのあなたが抱く悔やみ、恨みしが今のあな
たに影響を与えているだけです。
古い考え、感情というお荷物を持っていては、今に生きることは
大変です。まだ起きていない未来に意識がいってしまっている場
合も同様です。

この”今”という瞬間の扱いは、地表に住む人間の思考パターン
からすると、なかなか大変なのはわかります。
でも、諦めないですください。

“今”には、いろいろやることが山積みですね。
やりたくないこと、いつでもできること、明日すればいいこと、
今月中にやればいいこと、早くすませたいこと、やりたいことな
どから、一つこの瞬間やることを選択して、時計を見ながら自分
と折り合いつけながら日常を送っています。

何かするごとに時間がかかります。
“今”始めても終わるのは2分後、15分後、1時間後…
でも全てはこの”今”という瞬間にあります。
焦らず、急がず、怠けず、この瞬間にすべきことをする。
でも時間を意識しながら今にいるのは難しいです。

マイペース。

いい意味でも悪い意味でも計算を入れず、損得勘定で動かず、本
来の、内なる自分の声に忠実に”今”を生きることができるように
なるためのトレーニングをスタートしてください。

もう学生じゃない、もう大人だ、30歳を過ぎた、定年だとか理由
を探す必要はありません。今の社会が要求する分別ある人間にな
るというより、人間として最高のあり方を探すイメージでしょう
か。

簡単ではありませんね。
すでに幼い頃、お母さん、お父さんにもっと愛されたいと思った
時から、尊敬する先生に認めてもらいたいと思った瞬間から、内
なる自分ではない自分を生きて、もうどんな自分たっだか覚えて
いないかもしれません。
でも、焦らず、急がず、怠けず、諦めず、一瞬一瞬自分を見つめて
問い続けるしかありません。

何かを身につける、習得する必要はありません。
自分が誰か?何をしなければならないかを見つけ出すというより、
どのような意識で生きるかがポイントです。
今のあなたのままでいいのです。
すでに準備はできています。
生まれた時から。

自分がやっていることに疑問があれば、残酷な問いかけではあり
ますが、もし明日死ぬ、一ヶ月後に死ぬと宣告された時、あなた
ならどうするかを感じてみることです。
何の抵抗もなく今の日常を続けられますか?

あそこに行きたい、やりたい、行きたかった、やりたかったとい
う思いが頭をよぎるかもしれません。
それは今までの自分が、自分でない何か別のものとして生きてき
た結果です。

自分を突き動かすのが自分なのか、自分のエゴかが鍵となります。
エゴは必ず何かを期待します。
人、社会からの理解、賛美、報酬。
成功、出世を夢見て進む自分。
それらを得られず、たどり着けずに苦しむ自分。
求める、期待して、それが得られず否定的な感情を作り出す、それ
もエゴです。本来進むべき変化を起こす妨げになる意識です。

多くの成功者、権力者たちは、愛、喜び、幸福感などをとうの昔
に諦めています。その犠牲の代償として権力、名声、名誉、お金
を得ています。

豪邸、高級車、リゾート地での高価なバカンスで幸せを感じるの
ではなく、幸せを諦めた代償としてご褒美を自分にあげているだ
けなのです。

エゴが生む思考は常に条件づけられています。
お金がないとできない。
才能がなければできない。
時間がなければ無理だ。
運がなければダメだ。
成績が良くないから無理だ。
人がいいだけでじゃいけない、利用されるだけだ。
お人好しだと騙される。
かっこよくないし。
美人じゃないから。

そこには真の安らぎも笑顔もありません。
そんなことは無理、不可能という前に、今を変えませんか?
条件をとってしまえばいいのです。

今の地球では、何をするのにもエゴが介在していることが多いの
ですが、いずれは苦しみを生み出し、最終的には自分を、誰かを
裏切ることになることは、過去に震災、戦争、暗殺、テロなどが
生み出されてきたのを見ればわかると思います。
外部的な目的は不安、恐れ、怒り、苦しみ、悲しみを生み出し、
それを現実化してしまうのです。

何を言われても、たとえくだらないと思っても、時を忘れるよう
なことをしてみてください。
時を忘れさせてくれるものではなく、やっていると時を忘れてし
まうことを、です。

目的が手段を、行為を正当化してしまう時代にそろそろ終止符を
打ちましょう。

苦闘やストレスなく生きる世界は単純な理想ではなく、地球、自
然との関係を取り戻すことでもあります。
 
自分に素直に。
自分を、世の中を直視する。
勇気のいることですか、ごまかしては正門にたどり着けません。
世の中がちょっとおかしいことを皆に理解してもらうためにいろ
いろなことが今起きています。
おかしくしてしまったシステムの上に乗っかっている人たちが何
を考え行動に移しても、世界が良くなることはありません。

変えることができるのはあなたです。

目標を設定するのはいいのですが、その目標に向かって進むこと
は、結局まだ来ていない未来に意識を向けることになってしまう
ので、常に今に生きることにはなりません。

もし、自分本来の意志と一致した人生を生きれば、自分の活動が
自分自身だけでなく他の多くの人たちや地球も豊かにしているこ
とを実感できるでしょう。

条件づけられていない自分本来の意識と繋がることができれば、
今の人間の思考パターンで言うところの不思議な偶然、奇蹟がい
ろいろと起きます。

もともと持っていた大きな力を使ってください。
ささやかな行為だとしても、必ず質を伴った行動になります。

お金、成功、支配などを求めるのは、結局のところ、幸せ、喜び、
安心感、満足感などを味わいたいからです。
であれば間接的にそれらを求めず、直接手にすればいいだけなの
です。


マイケル

私のテーマは、愛でした。
We are the world。
これは"私"という個人のことではなく、私達ということを表現しています。
私達とは、人間ということでもありません。
人類ということでもありません。
この地球上のすべての創造物を含めています。
私達はすべてのものと繋がっています。
何か理想論に聞こえるかもしれませんが、特別なことではありません。
特別な人間、聖人になる必要もありません。
無理にいい人、正直者、優しい人にならなくてもいいんです。
例えば愛。
思考レベルでは理解の深さ、浅さがあるかもしれません。
でも、深い意識レベルでは浅いも深いもヘチマもありません。
愛は愛です。
自分を正しい側につけるのはやめてください。
苦しいだけです。
無理をしていい人になる必要はありません。
いい人だから悪い人より価値がある、正しいというのは人間の幻想です。
ある種のおごりです。
いい人だらか正しいみたいな正当化をしないでください。
人間社会では取り返しのつかない大罪があります。
例えば殺人。
これは本当にあってはならない、とても悲しいことです。
でも、殺した人間だけを罰しても何の解決にもなりません。
なぜならそれは全体の意識、思考、行動の反映だからです。
また今の私の意識レベルからいえば、償えない大罪はありません。
誰にでも反省する、やり直す機会は与えられています。
はっきり言えることは、人を殺してまで得ようとしているものは殺人とい
う行為からは絶対に得られないということです。
それが個人的、国家的、人類的な理由だとしても、です。
殺人によって平和を実現するのは不可能であることは知っておいてくださ
い。例えば人を騙して大金を稼いだとします。
お金という次元では豊かになれたかもしれませんが、本当の豊かさは絶対
に得られません。

光と闇。
それが自然の姿です。

自分の、社会の闇を消すのではなく、それを包み込み光となる心の広さ、
人間の大きさを持ってください。

2017年、さらなる飛躍を願っています。


Posted by Hiroshi 09 on  | 0 trackback
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