座標軸Q(+) 2022 by ひろし

Renaissance Birth ・ 地球人の生き方

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Posted by Hiroshi 09 on  | 

寿美子さんへ

Category : 日記

寿美子さん

お元気ですか?

父の事ではお心遣い頂き、本当にありがとうございます。
久しぶりにお声を聞いて嬉しかったのですが、寿美子さんこそ体調が
すぐれないのに、「お父様のお具合いかがですか?」と、私の父のこ
とをまず先にご心配頂いて、その優しさというか言葉ではちょっと形
容しがたいお気持ちに感動しました。
手術の方はおかげさまでうまくいきました。
オペ中にサポートの光を皆さまに送って頂き、そのことには父も気付
いていたのですが...
「手術中に三人の女性が俺を殺しに来たんだ」と一言。(苦笑)
実際は全く逆だったわけですが、息子の話をまともに信じるような性
格はしていないので、言うタイミングを逸してしまいました。すみま
せん。でも、人の思いってすごいんですね。

私の方ですが、ご期待に添えるような動きは全然できていません。
以前、寿美子さんがイメージしていた "ひろし"に、最近8年遅れです
が、やっと追いついてきた感じです。
せめてあの頃に今のレベルに到達してたら、もう少し寿美子さんが伝
えてくれていたことを消化、より具体的に建設的な話もできたのにと
思うと残念です。
それを気にして落ち込んでいる場合でもないので、これも必然的な遅
れと思うことにします。
寿美子さん的に "常に完璧なタイミング!" 精神です。


F500


よく特攻隊員や、ひめゆり学徒隊の話をしましたね。
ひめゆり平和祈念資料館では、1989年以来学徒隊生存者が来館者に講話を
続けて当時のことを伝えてきましたが、証言員の減少や高齢化から2015年
3月いっぱいで終了してしまいました。
証人となる人たちがどんどん亡くなって、多くの真実がうやむやのまま消
えようとしていますが、情報が風化し、たとえ捏造、操作されても人の思
いはきっと記憶の中に残っていくと信じています。

この夏、シン・ゴジラを見ました。
私と寿美子さんの交流のきっかけが、ビキニ環礁の核実験、第五福竜丸乗
船員の被曝事故の話でしたが、初代ゴジラも1954年3月1日に起きたこの
事故がヒントとなり、突然中止になった映画の穴埋めとして急遽作られた
作品でした。半年くらいで作った映画が大ヒット、海外ではじめて成功し
た映画と言われるこの初代ゴジラから57年後に福島で事故が起き、その5
年後の今年2016年に "庵野秀明の3.11" という側面も持つシン・ゴジラが
公開..
広島、長崎、そして第五福竜丸の事故を経験した後に、社会への警告とし
て非核的、非反戦的メッセージを含んだゴジラが生まれ、その忠告に耳を
傾けなかった日本は21世紀に入って全国レベルで放射能に脅かされる日々
を送ることになり、再びゴジラが登場する...人為的な域を超えた意図を感
じます。

過去からずっと、縄文-弥生、平氏と源氏、五摂家とか、北と南、東と西、
社会主義、共産、アカ、右・左と昔からずっと続いてきた権力、領土争い。
人のサガと言ってしまえばそれまでですが、さぁ過去は水に流して今日か
ら皆仲で良く手を結んで、素敵な世の中作りましょなんてことはできない
ですよね..やっぱり。

21世紀には石油は枯渇すると昔は言ってましたが、ちょっと前までは温暖
化が二酸化炭素を主とした温室効果ガスの濃度増加に因ると騒いでいたか
と思えば、今度は人口増加問題....人が減れば問題が解決すると本気で信じ
込ませようとしているところが凄いです。
紙芝居みたいな歴史しか教えてもらっていないと、やっぱり認識のズレが
大きすぎて、簡単に何でも信じちゃうのかもしれません。
このままだと役に立たない、仕事ができない、金のない奴には生きる資格
はない、殺してもいいんだみたいな数の理論が正当化されちゃう未来が来
るかもしれません。
どうせ人が増えすぎてるんだ、健康や環境に多少悪いことでもいいだろう、
戦争だってそういう面からも正しいことだ、じゃなきゃ経済も回らないん
だみたいな、ちょっと投げやり的な言い訳がまかり通る時代。

我々のように自然界のシステム、バランスを信じている人間には全く信じ
られない概念です。
増えているのは増えても大丈夫というサインか、何らかの理由があっての
ことであり、食糧・環境問題に関して言えば特定のものを過剰生産するこ
とで環境のバランスを崩し、汚染させた人類の責任であり、地球的には今
地球にいる人たち全員の生活を維持できるキャパは充分あると思います。
それを増えすぎたとか、減らさなきゃとか、人間が手をくだす領域ではな
いのに、本来なら自然界に委ねるべきところ、どこまで人は傲慢になって
しまったのかなと。

例えば縄文時代の人々に学び、今の科学技術を使えばほんの数年で皆さん
を、人間としてという意味ですが、豊かにできるのに。
この現状において、目を向けているのがオリンピックでは..あまりの意識の
低さが気にはなりますが、そういう人たちだけではないのも事実。

みみをすまし
過去に心を馳せれば
祖先の歩んできた道は計り知れない
「優しく生きる」目に見える優しさのうちは本当の優しさではない。
人が見ていようが、見ていまいがやってあげる事が本当の優しさ。

谷川俊太郎 "みみをすます"
いい詩です。

世の中、目に見えるものばかりで評価される時代になってしまいましたが、
惟神の道を受け継いでいる日本、そこに私たちの、今の世界の流れを変え
るための役割があるのだと改めて思います。

もう自分の理想を相手に押し付ける時代ではない、人間の意識がそこまで
変えられるものか、自分を使って試しているところです。
自分の意識の変化が事業、人生にどんな影響、変化をもたらす事ができる
か。

何れにしても、人の意識がもっと高まらなければフリーエネルギー等、新し
い技術を人類が手にすることもできないでしょう。


"戦艦大和の最後” に出てくる白渕大尉の演説
「進歩のない者は決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。日本は進歩
ということを軽んじすぎた。 私的な潔癖や徳義にこだわって、真の進歩を忘れてい
た。 敗れて目覚める。それ以外に、どうして日本は救われるか。 今、目覚めずし
ていつ救われるか。俺たちは、その先導になるのだ。日本の新生に先駆けて散る。
まさに本望じゃないか。」


Letter file No.W-153 寿美子


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Category : 手紙
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自己尊重

Category : 精神の基礎体力


なんで生まれてきたのか、生きる意味は?と自問自答する人は少なく
ないと思います。

こういう考えもできます。
いろいろなドラマの中で役を演じる中で、人がどこまで堕ちるか、登
ることができるか、その中で人はどんな意識を持つのか、感情が湧い
てくるか、どんな行動をとるのか、いろいろ試しているという見方で
す。

逆境を生かし成長、成功する人。
逆境に負けて犯罪を起こした人。
失望、怒り、諦め、希望、喜び..悲しみ、笑いに涙。

いろいろな状況に身を置く中で、性格が歪む、暗くなる、悪くなる、
ひねくれる、もともとお人好しだった人が疑いから入るような人間に
なったり、卑屈になっていた人が感謝できる人になったり、悟る、壁
を乗り越える、スランプを抜ける、一皮むける、いろいろな意識、感
情を持ち、その中で役を演じます。

諦める前に、自分が自分の人生の脚本家になったつもりで、もう一度
人生を見てください。

どん底から這い上がり奇跡的な成功をする主人公、なんの不自由もな
く生きてきたのに、そのありがたさに気付かず落ちてゆく人間のエゴ
やサガを見せるドラマ、良心的な人間が不幸になる社会の矛盾、問題
を浮き彫りにさせる映画とか。
自分が脚本家というイメージができない場合、ストーリーを作った人
がどんな気持ちで書いたか、何を伝えたいのかを考えるのもいいと思
います。自分の人生を、ちょっと離れた視点から冷静に見ることがで
き、私は、私に、私がという見方、考え方から離れるのもいいことで
す。自分は主人公であると同時に、その映画の中の一人の俳優でそれ
ぞれ違った役柄、意味、価値があります。
一人一人が、個性豊かなユニークな存在なので、本当は比較してどち
らが上、下と比較しても意味がないことなのです。
あの人のようになりたい、あいつには負けたくないと相手にフォーカ
スすると自分を見失ってしまいます。

何にフォーカスするか、何を選択するかで、そのキャラクターの性格
を変えることができます。目の前で起きていることにどんな意味を与
えるか、どう受け取るかで置かれた状況に変化を与えたり、次に起き
ることを変えることが可能です。
残りの半日を暗い気分で過ごすことも、もうどうすることもできない
と観念して今までの自分を捨てる覚悟を持ち生まれ変わる決心をする
こともできます。

人間ほど個体差のある生物はいないのではないでしょうか。
そしてその個体差を生かせる社会を形成しているのです。
蟻にはある特定の役割しか期待されていないので、進化しようがあり
ません。特に触覚が敏感とか、短距離が早いとか、必要ないからです。
私たちの場合、文章力に長けている、記憶力がいい、絵がうまい、発
想が独特、語学に敏感、肺活量がすごい、持久力がある、反射神経が
いいとかで役割、職業を選ぶことができます。
これはすごい可能性です。

偏見や固定観念、常識という枠を取って、イメージしてみましょう。
まず、作り笑いでもいいので笑ってみる。
今度はその笑った自分がどこにいるか、何をしているかをイメージし
てみてください。
その時、安定した職業だ、かっこいい、高給だとか、説明、理由付け
はいりません。
抵抗なく、比較的楽に、気分良くイメージできることほど、今の自分
に共鳴するものなので、何らかの根源的な理由が潜んでいます。

笑顔で成功した自分をイメージします。
どういう暮らしをしているか、何をしているか。
人に見せつけいた、自慢したい成功ではなく、幸せそうに満足してい
る自分は?と考えたほうがいいかもしれません。

もう絶対にダメと思っても、まず笑い、ガッツポーズをして、上を向
き、手も上にあげ、もう一度笑ってください。
そして深呼吸。まずは吐いて...全ての空気を吐ききったところで深く
吸う。身体の中に溜まった空気を全て吐き出すのは意識的にしないと
難しいのですが、足りなくなった空気は自然に入ってきます。
意識しなくとも身体が勝手に吸おうとします。
身体の生きようとする意思はすごいです。

これらは自分で自分を認められるようになるためのレッスンです。
自分を認めることができれば他人の目も気にならなくなり、認められ
たいという欲求も消えます。
それでいい職につけるとか、給料が上がるとかの保証はありませんが、
生きることが楽になるはずです。
批判されても、拒否されても、奈落の底に落ちることなく、這い上が
れるだけの力は残るでしょう。

生きている意味も必要なくなり、生きているということがすでに意味
のあることだということも実感できると思います。
特に何をした、評価してもらった、結果が出たということもなく、満
足感、達成感、充実感が得られます。

作り笑いではなく、本当の笑顔になっているでしょう。


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地球人としての自覚

Category : 精神の基礎体力 

最近の日本、足元がぐらついてる感じがします。
示しがつく、つかないは、ある意味どうでもいいので、まずちゃんと
することが大切だと思います。
誰かが誰かの差し金で働きかけ、たきつけて、騙し、そそのかしたり
のゲームはもういいでしょう。

壊れてないと言ってたのに、実は壊れてた。
漏れてないはずが、実は漏れてた。
安全です、と宣言したのに安全じゃなかった。

意識レベルの低い人たちが、死に際の苦し紛れでやることは醜く、か
つ怖いですね。

物事には道理、筋道があり、それは組織の都合のいい力学とは違いま
す。
「忠誠心」「和の心」「空気を読む」「絆」「日本人らしさ」 と本当
にすべきこと、正しいこと、いいことを混同している人が多いと思い
ますが、真の調和は狭い私見、勝手な決まり事以上の法則に適ったも
のです。
我々が大切にし、守り、尊重すべきものは、組織、 国家ではなく、そ
の前提となっている方向性、考え、意図するもの、行動です。 全体の
ためにならない愚策であれば、例え上司の顔をつぶす結果となっても、
あえて指摘する、発言することが真の忠義です。
波風を立てないことは、自然の理からもはずれています。

自分の考えを言うとおかしいと思われる。
バカと思われる、いじめられる、疎外される。
主張すると文句、批判ととられる。
でも、公が決めたことに抗わず黙って従うことが正しいとされてきた
時代はもうおしまいです。国が、大人が決めたことでも正しくないこ
とは正しくない、少数派が言うことでも正しいことは正しいのです。

人間としての規範を取り戻しましょう。

「環境問題に取り組むと経済に悪影響がでる」
「経済成長のためには少しぐらい環境破壊も止むを得ない」
とか、言い訳をしたらきりがありません。

バスの運転手が右手でスマホを握り、左手でハンドルを操作するなど
ありえないことであり、乗務時の電源オフを再徹底する、スマホを袋
に入れて封をするとか幼稚園生でもないのに恥ずかしいですね。

地球人としての自覚とモラルをまず取り戻すべきです。


変革のプロセス:
世の中、今のままでも別にいいよ。あの人も、あれが正確なのだから別に
そのままでもいいさ。
と、ここで深呼吸。
(まず吐いて、全て吐ききって、それから吸う。)
そのままでもいいということは、そのままであり続けなくてはいけないと
いう意味ではない。変わりたければ変わってもいいわけだ。
じゃ、変わろうか。
..という見方の方が何かを否定して変えなきゃと思うよりも負荷、摩擦がか
かりません。
この辺でそろそろ自分を変えなきゃという時期、流れを見る。
人格的に脱皮しなきゃと思える。
自然体でいると、ちゃんとそのタイミングがわかります。




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千絵子さんへ

Category : 手紙

千絵子さん

大変ご無沙汰しております。
かこれこれ3年になるでしょうか...

幸せで満足だと感じ、充実感を味わえる瞬間。
私は目標をクリアーした時、夢を実現した時、何かを成し遂げた時、
以前から欲しかったものが手に入った瞬間などに得られる気持ちと
思っていましたが、ちょっと違ったみたいです。

実は何の結果も出せていない、道半ばという時に突然やってきた満足
感に浸りつつ、無責任ではありすが、あ〜このまま死んでも悔いはな
いと思えた瞬間を体験しました。

多分、個人的な何かのために生きる時期はもう終わったのだという合
図だったと思いますが、だからと言ってこの瞬間から袈裟を着て世の
ため、人のために尽くすという気持ちで生きれるわけでなく、何とな
く中途半端な状態が続いています。
何れにしても、以前より楽になりました。
心境的には千絵子さんがだいぶ前におっしゃっていた、ものごとがす
ぐに成就しなくても自分を許せる、自分に対して適度な時間をあげら
れるようになった心の余裕に似ていると思います。
2007年から始まった三人三様の本格的なワーク。
心強い仲間も増えています。
来年は10周年。
もうそろそろ芽が出てくるかもしれません。

多くの人は何かを実現、達成するために、やりたいことを犠牲にし、
言いたいことを心に閉じ、人と争い、またはそれを避け、利用し合い
ながらゴールを目指し躍起になっていますが、仮にそれで到達できた
としても、今までの努力、我慢してきたことへの代償、ご褒美として
名誉、名声、賛美、理解、権利、報酬を期待する自分がいるので、同
じ喜び、感動でも私が感じたものとは質が違うと思いました。
ともかく、たとえ一瞬だったとしてもこのような満足感、充足感が得
られるとは思ってもみませんでした。
人の可能性がちょっと垣間見れて嬉しく思います。
何かまだ変えることができる、そういう潜在能力を私たちは持ってい
ると実感できました。

東日本大震災、原発事故から次々派生してきている諸問題、それらに
対し信じがたく情けない政府の対応に、多くの人達は心理的、肉体的
にダメージを受けている感じがして、妙な事件も増えていますね。
もちろん私もあの日から心穏やかでないことが続いていて、ついつい
内臓がオーバーヒート気味なことを忘れちゃいますが、入浴時などに
「今日も一日ありがとう」と声をかけています。


WP_20130607_075.jpg

大衆の意識、国民の総意というものは本当に恐ろしいものですよ。
神州不滅、不沈大和、常在戦場、鬼畜米英…そんな言葉で都合の悪い
真実から目を背けて暴走した結果どうなったのかも忘れて、今のこの
奇蹟のような日常を当たり前のようにただ楽しんで。
昭和20年3月10日、たった一日で日清・日露の戦死者と同じくらいの
日本人が亡くなったのよ。兵隊さんだけでなく恋人、妻、夫、父、母、
祖父、祖母、息子、娘、孫、兄、弟、姉、妹、先生、友達という人た
ちが一度に。ひろしならその酷い光景がイメージできるでしょう、過
去に目を閉ざすものは未来に対しても盲目なものです。そういう大人
には決してならないでね。

この祖母の言葉をふと思い出しました。
祖母の目の下には傷がありましたが、兵隊さんたちに送る慰問文に戦
争の悲惨さ、悲しみを書いて殴られたそうです。

幸せって何だろう..
失う寂しさ。
あきらめる悲しさ。
でも、人にはそれを乗り越えられる強いものを持っている。

あわただしい年の暮れ、どうぞお健やかにお過ごしください。



Category : 手紙
Posted by Hiroshi 09 on  | 0 trackback

変革の時代

Category : 徒然日記 1Q84

世界で起きていることが日本に影響し、日本で起きていることは世界に
影響を与える。

日本で起きていることが、また別の国でも起こる..

あれっ、なんか揺れているな〜。
ミラノで地震!?
ん?、うとうと寝てしまったのかなぁ..
もしかして朝!?
まさか寝坊した??
今何時だ?と部屋の電気をつける。

交錯する思考。

6:00 am。
そうだった、日本にいたんだ..
妹に朝6時に起こしてと頼んでおいたのに..などなど思いながら起きる。

最近は日本に来ても、あ〜日本だーとは感じなくなった。
イタリアと日本。
頭の中での距離感は大阪と東京くらいか。
二国間の違いを、それほど大きなギャップとは感じなくなっているのか
もしれない.....

日本のドラマも時差もあるからだけど、その日のうちにキッチンで洗い
物をしながら、普通に日本で暮らしている感覚で見れる。
無印はミラノに5店舗。
来年はユニクロもついにオープン。
Skypeやlineで気軽に話せ、日本ではどこでも気軽にピザやスパが食べ
れるし、イタリアの食材もそれなりに揃っている。
実に面白い時代だ。

15年ぶりに行った自由が丘エリア。
楽しみにしていた古桑庵、あまりの人の多さに外から写真だけ撮って退
散。近くにあったカフェ&レストランへ。
テラスがあり、煙草も吸えたので迷わず入る。

こうして日本着いた翌日の朝は地震で目が覚めて始まり、夜はボンゴレ
のスパゲティー。
くノ一君との初めまして対談。
興味深い話ができた。

速報


これをきっかけにまた新しい繋がりができ、それが風となり、動きとな
り何かを変え、何かを生み出していく...
何が起きるか楽しみだ。

とにかく今は、目の前にあるカードをフルに使い、生かし、できること
をやるだけだ。





Category : 徒然日記 1Q84
Posted by Hiroshi 09 on  | 0 trackback
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